05.私と貴方の痛み分け
※学パロ
    

元々無かった勇気を振り絞って彼の人に告白をした。結果は「今はそういうことは考えられない」という返事で私の淡い恋心は見事に砕け散ったのだった。
受験を控えている時期に言った私も悪いけれど、どうしても押さえきれなくなってしまったのだ。朝、お早うと教室に入ってくる姿や、食堂でカツカレーを美味しそうに頬張る顔。目が合うと柔らかく笑んでくれるところが、いや、そういうところも全部好きで、大好きだった。
一生懸命温めていた恋は一瞬で散り、今度は明日から気まずくなるのだろうという不安で胸がいっぱいになる。私は彼の人に気を使わせたいわけではなく、今まで通りに接して頂ければそれで十分なのだけれど、きっとそう上手くはいかないだろう。関係を壊したのは私の方だ。もう目も合わないかもしれない明日が怖い。
私は屋上の隅で踞って泣いた。不意に私の肩に触れるものがあった。赤くなった目を擦って顔を上げると苺ミルクを片手に、にんまりと笑う銀八先生がいた。








「こんな所に一人でどうしたよ?寂しいなあオイ」








事情を知らない、いや、本当は知ってるのかもしれないけれど、先生は私の隣に腰を下ろして伸びをする。一つの関係が壊れたばかりの私にとって今の先生の存在は温かく、胸に響く。涙と一緒に鼻水が出た。








「何かあるなら泣いてねーでよお、先生に話してみなさいや」
「……長くなるけどいい?」
「…苺ミルクがある限りな」
「あのね……」








私は彼の人が好きだったこと、告白をしたこと、直ぐに振られてしまったことを恥ずかしく思いながらも涙声で必死に伝えた。鼻水が出る度にすすっていたので、先生はさぞ聞きづらかっただろうし不愉快であったと思う。けれど、一度としてそれを顔に出すことはなく終始、私が安心するような穏やかな表情で話しを聞いていてくれた。








「よっぽど、好きだったんだな」








話しが終わった後で先生は髪の毛を掻きながら言った。眼鏡が反射して表情が読み取れない。馬鹿みたいだと思われただろうか。元々、彼の人が相手など無謀だっただろうか。子供のように泣きじゃくり、惨めだ。
18年も生きてきて初めて気がついたことだが、振られると女として認められないと言われたようで悲しいという気持ちとは他に恥ずかしくもあるのだ。
そういうつもりは無かったにしても先生の言葉は私に女磨きご苦労様、と言っているように聞こえた。振られた後で落ち込んでいるから余計にそう感じる。








「そーさなァ…。そうじゃなきゃここまで酷い顔にゃあならねえもんな。そんなにでけえ想いをぶちまけたんだ。その気持ちは伝わってんじゃねーの?」








しかし、改めて送られる先生の温かい言葉に、私はどれ程深読みして、どれ程卑屈になっているのだろうと気づかされる。自分を含めて全てを否定してしまいたくなる私が何より恥ずかしく、このまま消えてしまいたかった。
膝の間に頭を埋め込み、涙を流した。ぐずぐずと鼻をすすった。ふと、私の頭を撫でるものがあり、それが先生の手だと分かると切なさと温かさと優しさで胸が苦しくなった。








「……私、あの人が好きっ、で、それで……」
「…おー、分かってんよ。誰だって勇気出してやってんだ。お前もよく頑張ったな。…まー、泣けるだけ泣いとけ」
「…っうん…、ごめ、なさ…っ、…くっ…」








頭を撫でられながら、横から残り少なくなった苺ミルクをずずずとストローで吸う音が聞こえる。最初、先生は苺ミルクがある限り話しを聞いてくれると言った。もう行ってしまうかもしれない。頭を上げると、先生は少し哀しそうな顔で私を見つめていた。








「俺には頭を撫でて、話しを聞いてやるくらいしか出来ねえわ。ごめんな」








そんなこと気にしていない。声にしようと思ったが中々出せず、私は首を振って否定した。傍にいてくれるだけで、どんなに救われていることか。一人だったら引きずり続けて一生卑屈でいたかもしれない。
先生の吐いた息からは甘い苺の匂いがした。私の恋もこのくらい甘いものだったら、と考えると更に涙が溢れた。そんな私を横目で見た後、空を眺めながら先生が呟いた。








「先生っつっても、お前等生徒の悩みに、なんも手助けしてやれねえんだな」








先生は見たこともないような表情をして言った。先生、普段から私達のこと、そんな風に思ってくれてたの…?そう思ったと同時に、先生も私と同じように何か悩みを抱えているんだとふと思った。嬉しさと悔しさと心に残った傷が疼いて、私は更に涙を流した。
ストローが間もなく苺ミルクの終了を告げようとしている。同時に私の恋と涙も終わればいいのに。先生の悩みも吹っ飛べばいいのに。鼻水を思いきりすすって、久しぶりに見上げた空は憎らしいほど青く、広かった。








あとがき
バッカヤロー!悩みこそ青春だ!って私は思いますがね。この作中の銀さんはフィクションです。
多分銀さんだったら「ごちゃごちゃ泣いてねーでさっさと忘れて次の恋でもしろや」って言いそう。
ものっそいノリノリで失恋話聞きそう。でも逆にそれが笑えたりして救いになる。…っていう妄想☆

20100508 麦銀