花を見て美しいと思ったらに見せたいと思うようになった。綺麗な景色を見たら隣にがいればなあ、と思うようになった。ルフィに似た犬に触れたら、はどうやってこの犬と遊ぶだろうと考えるようになった。 隣にはではなく、いつもの調子で毒吐くマルコがいる。現実に戻って、なんでこいつなんだと肩を落とし溜め息を吐く。 「人の顔見て溜め息吐くんじゃねえよぃ。失礼だなァ」 「そりゃ、悪かったな。考え事をしてたんだ」 「考え事?お前がかよぃ?明日は槍でも降るんじゃねえだろうなァ。まあどうせ、またろくでもないことだろうが」 馬鹿にしたようにニヤッと笑いながら、マルコも溜め息を吐く。よくもまあ仲間に向かってそんな口が叩けるもんだ。どっちが失礼かと言ったら間違いなくマルコだろう。勿論、普段の行いは無しにして今の会話だけで判断するならば、だ。悔しいが普段の行いを入れてしまうとマルコに味方する奴が多いのだ。 世知辛いなあ。世の中間違っている。なんで俺よりマルコの方がモテるんだ。そんなことまで考えてしまう。 「それで、考え事ってのはなんだ?」 「え?」 「暇だから聞いてやるよぃ。そんで、止めろと言ってもエースは何かしら問題を起こす可能性があるから、一応聞いてからそれが果たして良い考え事なのかそうでないのかを俺が判断する」 「いや、ちょっと待て。俺信用されてなさすぎだろ。つーかなんでマルコが判断すんだよ」 「昔からだ」 こいつ、本当にどついたろか。思わず拳を握る。だが、途中でマルコが不死鳥だったことを思い出す。マルコは世界で珍しいあの幻獣種。殺してもしなないなんて、まったくマルコにピッタリだ。神様も粋なことをする。まあ勝ち目がほぼ無い勝負に挑むほど俺は馬鹿ではない。考え事ぐらい話してもいいだろう。そっと握った拳をほどいた。 歩きながら、俺がどんなことを考えていたか。最近になってどんな思いになるのかを次々と話してやる。マルコは最初、適当に相槌を打っていた。その相槌の腹の立つことと言ったらない。口を開けば「ぶっふうーっ…!」だの「キモッ」だの。へえ、や、ふうん、の方がまだマシだったと言える。 しかし、そんなマルコも途中で気持ちを入れ替えたのか深刻な表情になり、適当だった相槌が「それで?」と聞き返すようになった。話し終わった後には幾分か興奮している様子で、目を大きく見開いていた。 「エース…オイエース!」 急に歩みを止めたかと思うと俺の両肩をガシリと掴み、キスでもする気なんじゃなかろうかと思うほど顔を近づける。身を引こうにも、どうにもマルコの迫力に怯んでしまって中々出来ない。 「な、なんだよ……?」 こう返すのが精一杯であった。マルコは特に俺の様子を気にすることはなく一人で勝手に盛り上がっている。普段、滅多にこんな姿を見せることのないマルコだ。俺の会話中に何かあったのかもしれない。余程、可笑しな考え事だったのかもしれない。急に不安の渦に巻き込まれる。 「お前それって…、それって……!」 「なんなんだよ!そんなに溜められたら怖いだろ!言うならハッキリ言ってくれ!」 そう言うとマルコはハッとした表情になり、肩から手を離した。それもそうだなァ。なんて言いながらゴホンと咳払いをして冷静を気取るも、マルコはそわそわとして落ち着きがない。一体何だと言うのだ。心臓の動きがさっきよりも確実に速くなる。 「いいかよぃ?」 「ああ。言ってくれ」 「………そのよォ、それって、あ〜…、恋……じゃねえのかぃ?」 言われた瞬間、目玉が飛び出すかと思った(一応、触って確かめて見たが異常は見られなかったので安心だ) はて、恋とは何だったか。今までの人生で覚えてきた単語とその意味を頭の中で次々と繰り広げる。何個目かにしてようやく出てきた恋という単語に、意味に、やはり目が飛び出すかと思った。 「お、おおおおお俺が、恋…?」 「そうとしか考えられねえだろぃ。よく考えてみろ。好きでもねえ人間に対して、綺麗な花を見せたいと思うか?」 「思わねえ…だろうなあ。」 「じゃあ、美しい景色を一緒に見れたら、なんて思うか?」 「マルコと見るんなら一人の方がマシだな」 「殺すぞ。それなら好きでもねえ相手の反応が気になる、なんてことあるかよぃ?」 「いやァ。興味もねえな」 「じゃあ最後にだ。抱きしめてやりてえとか、思ったりはしねえのかぃ?」 「なっ、なんて!?え、いやっ、なんつった!?」 こいつはいきなり何て事を言うのだ。きっと今の俺もそうだが、質問してきたマルコ自身も少し頬を赤らめている。素直に気持ちが悪い。けれど、今はそんなことよりもマルコの最後の質問の方が気にかかって仕方がない。 抱きしめたいと思うか。例え、これが恋だとしても正直、そんなことまでは考えたことがなかった。ただ、一緒に居て何かを共にしてみたい。そう願うばかりだった。直接、触れるなんてとんでもない。想像しただけで堪らなく恥ずかしくなる。 「ままままマルコ……っ!お、俺はどうすりゃ……」 「待て待てぃ。エース。正直、俺ァそんな感情を未だ持った事がねえから対処法が分からねえ」 「ウソつくな馬鹿!三十路なんて軽ーく越してるお前が、恋したことねえなんてあるかよ!」 「余計なお世話だよぃ!!…まあだが、俺だって大人だからな。案ぐらいは出せる!」 「………例えばどんな?」 自然と小声になり、マルコに身を寄せる。マルコも俺と同様、小声になり身を寄せた。道中で男が二人寄り添って、端から見ればとても気色の悪い光景である。それでも、案を聞くまでは離れるわけにはいかなかった。 「で、案って?」 「世の女達はな、キザな言葉とロマンティックな場面に弱いんだよぃ」 「ふんふん」 「エース、お前が恋をしているんだとして、その女を手に入れたいと考えてんなら、」 「ま、待て待て。俺はまだそこまで考えちゃ……」 「いつかそう思う日が来るっつーんだよ!」 ピシャリとマルコが言い切る。あまりにも凄い迫力だったので否定出来ず、シュンと背中を丸めて続きを聞くことにした。マルコといると、つくづく俺は弱い男だと思い知らされる気がする。つーかお前絶対恋したことあるだろ。 「いいか。今のうちからその女と親しくなっておき、もういいだろうと言う頃に夜に散歩に誘うんだよぃ」 「ベタだな!」 「うるせえよ馬鹿!!そして、だ。誰もいねえ星空の下、エースがそりゃあもう恥ずかしくてシラフじゃ聞いてられねえような言葉を…、人生で二度と言わないっつーか言えねえほどの甘い言葉を囁くんだ」 「…馬鹿にしてねえ?」 「してねえよぃ」 「…えー…でも…、俺に出来るかな……」 「しなくちゃ駄目なんだよぃ!」 ガシリと再び肩を掴まれる、至近距離で説得をされる。珍しく相談に乗ってくれているのは有難い話である。けれど、段々こいつは俺の恋なるものを見て楽しんでいるだけじゃないだろうか、とも思うようになった。 本当にこれで上手く行くのだろうか。疑いの目を向けると慌てた様子で「信じろ馬鹿!」と背中を蹴られた。これで一体、何を信じろと言うのか。無茶な話ではあるが、とりあえず言うことは聞いておく。 「それで、問題の女ってのはどんなヤツなんだ?」 「そうだなあ……」 マルコから目を逸らし、どこか彼女に似た人はいないかと周りを見回す。すると、丁度良いところにそっくりの人間がいた。黒髪の美しい、綺麗な女だ。実にそっくりである。 彼女はゆっくりと前からやって来る。マルコ、あの女似てるぞ。そう言おうと口を開いた瞬間、ハッとする。まさかな時はいつだってやって来る。前から来ているのは例の彼女であった。 「まる、まる、マルコっ!あれ、あれ、あれだ!」 「え、ええええ!あれか!あの女か!?ちょっと随分無茶な女に恋をしたなァ」 「ちょっとか随分かどっちだ!?」 海賊やってるこんな俺じゃあ無理なのは分かっている。分かっているが、やはり彼女と共に過ごしてみたいという思いはあるのだ。 前からやって来るは落ち着きなく、キョロキョロと目配せをしていた。近づいて来るに連れて、視界に入る可能性も高くなる。暫くして、こちらに気づいたはパアッと明るく笑うと爽やかに手を振った。 「エースさーん!お久しぶりです!よかった、まだ滞在していらしたんですね!」 ヒラヒラと手を振りながら走ってやって来る。マルコに恋だと言われてから妙に意識をしてしまって、上手く返事が出来ない。一応作った笑顔は上手く出来ていただろうか。 隣にいるマルコが「今、今誘うんだよ馬鹿!ヘタレ!」と小声で言って来る。前からは、横からはマルコ。どちらに反応するべきか。そして、どうすればいいのか。ドクドクと脈打つ心臓の音がやマルコにまで聞こえてしまいそうだ。 焦った俺は取りあえず、足元にあった雑草をぶち抜いての前に出した。彼女の驚きと、マルコの溜め息が漏れる。やってしまった。俺もそう思った。 しかし、出した雑草が良かったみたいだ。小さいながらもキチンと花が咲いていた。は優しく微笑むと、その優しげな手で花を受け取ってくれた。 「エースさん、私、」 20100508 麦銀 |