01.焼きそばパン戦争
    

氷帝学園内にあるどうってことない購買。そこはお昼になると皆が一つのものをめぐり、取り合いをする戦場と化す。そう、その商品の名は焼きそばパン。
焼きそばパンは人気すぎるぐらい人気だ。どれくらい人気かっていうと、そりゃあもう人気だ。
なんでも坊ちゃんやお嬢様にはその庶民的な美味しさが癖になるとかなんとやら。
だから四時間目終了のチャイムが鳴ると、皆廊下に出て焼きそばパンを求めてダッシュする。勿論、私も焼きそばパンを求めて猛ダッシュする。
周りから見るとこの光景は太平洋戦争くらいに見えているに違いない。少なくとも私にはそう見える。焼きそばパン戦争なんて、格好の良いものじゃないけれど。

購買の前につくと既にそこは人でいっぱいだった。皆手を伸ばして、焼きそばパン!と大きな声を出す。
売る側のおばちゃんは忙しそうにしながらも笑顔で皆の言うことを聞いては残りの焼きそばパンの数を数えていた。
私の横を焼きそばパンを手に入れた人達が通り過ぎて行く。
その嬉しそうな顔を苦しい顔に変えてやろうか!と思うと同時に焼きそばパンは段々少なくなっていき、私が見る限りあと一つしかないようだった。
ああ、もう無理だな。



なんて言うと思ったか!
庶民をなめるなよ、このやろう。私は全力で生徒達の渦の中へと突進した。







結果、敗退。
なんて虚しい。大体執事とかさ、ボディーガードとかさ、反則だと思うわけよ。そんなん私みたいな一般庶民AとかBとかCは勝てっこないし。
なにそのムキムキ。ボディガードじゃなくてボディビルダーじゃねーの?私はため息を吐いてガクリと項垂れた。
仕方なく、焼きそばパンの隣のハムサンドを買うことにする。せめて野菜が入ってるのが欲しかった。
手にしたハムサンドを持って、教室へ帰ろうとすると後ろから思いきり押され、また押され、最終的に床に膝をついた。
ハムサンドの形が若干崩れてしまったような気がする。
お前の顔の形も若干変えてやろうかと、四つん這いになったまま振り替えれば、同じクラスの宍戸くんが私の後ろで疼くまっていた。吃驚した。ゴキブリかと思った。
ぶつかって来た人物は恐らく宍戸くんだろう。
顔の形を変えてやりたいけど、この体勢だと色気のない下着が見られてしまいそうなので、床にお姉さん座りをする。
立てばいいんだけど、ハムサンドが、ね。それに宍戸くんはどうしてしまったのか気になったのだ。







「宍戸くん、具合悪いの?」
「え、ああ、。違うぜ。つーか、ぶつかっちまって悪かったな。あいつがこれを取ろうとしてくるんだよ」







あいつと言って、顔でさしたのは宍戸くんの友達だった。確か名前は向日くん。そして、これと言って腕の中で大事そうに持っていたのは焼きそばパンだった。
ああ、最後の一つは宍戸くんが手に入れたのか。それ私にくれ。もしくは宍戸くん消滅でもすればいい。
私がぼんやりとそう思っている間にも、宍戸くんは渡すまいと焼きそばパンを庇う。
ああ、でも私も、もし友達が求めている焼きそばパンを、しかも最後の一つを手に入れたとしたら、奪い取るかハムサンドと交換しようとか、半額で買うから、と頼んでしまうかもしれない。
実際、その焼きそばパンを一度も食べたことはないのだけれど皆が買いにくるぐらいだから相当の味なのだろう。
私も一度は食べてみたいし、皆が欲しがる焼きそばパンを私だけ手にしたときの優越感とやらを味わってみたかった。きっと、気持ちがいい。普段優位に立っている坊ちゃんやお嬢様を見下してやったりなんかしたら。







「宍戸!よこせ!お前アレだろ!チーズカツサンドが好きなんだろ?!」
「うわ、やめろ!馬鹿!これ一回食ってみたかったんだよ、俺は!」
「痛てえ!」







焼きそばパンを後ろから向日くんがひったくろうとしてきて、宍戸くんは逃げようと前に進もうとしたら私がいて。
つまり私は、お姉さん座りなんてしてる上にまだ並んでる人がいたから避けきれず、二人分の体重を腹に支えることになった。
駄目だ、なんかこう…ゲボ的なものが口から零れ落ちそうだ。もしくはケツからなんか出る。







宍戸くんは私の上に乗ってしまったことで焦って向日くんにに退けと言うけれど、向日くんは私に直接触れてないわけだし、焼きそばパンが目の前にあるからこんなチャンス逃すわけにはいかないと言わんばかりの顔で宍戸くんの焼きそばパンを奪おうとする。
ちなみに宍戸くんは焼きそばパンが潰れないように気づかいながら、私の顔にもぶつけてはいけないと咄嗟に思ったのか、友達から遠ざけるように私の顔の横に置いた。
向日くんも向日くんでそれを取ろうとするものだから、私の顔の横では宍戸くんの手と向日くんの手と焼きそばパンが抗争を広げていた。
…いっそのこと私もそれに混じって奪い取ってやろうか。







そこでふと思う。あれ、そういえば私のハムサンドはどこへいったのだろう。
動かない身体は放って顔だけキョロキョロと動かすと、私達をポカンとした顔で見つめている皆がいた。
(あ、でもちょこちょこと痛い視線も感じた)(宍戸くんと向日くんの所為だ。しねばいい
見ているくらいなら助けてほしかったけれど、あまり仲が良くないと助けはしないものだ。
私もお前等がもしこんな状況に陥っても、絶対助けてなんかやらん。
私は、仕方がないと諦めて、再びハムサンドを探そうと思ったとき、ふとお尻に違和感を感じた。柔らかいような、固いような。
これはもう完璧にハムサンドだろう。固いのはきっと三人分の体重で潰れてしまったのだ。







最悪だ。焼きそばパンは食べれないし、視線は痛いし、宍戸くんたちウザイし、ハムサンド潰れたし。
私は焼きそばパンを求めて来ただけなのになんでこんなことに巻き込まれてしまったのだろう。
ハムサンドだって大して好きでもないけれどお昼ご飯には代わりないし、中学生という立場からしたらそのお金だって惜しいというのに。
私はそこらの箱入りさんじゃないんだから。一般庶民なんだから。金返せ。







「…こ、の…っ!」
「え、ええ!ちょ、泣いてんのか?!」
「うわ!まじで?!し、宍戸が泣かせた!」
「うるっさい!泣いてないわよ!つーか早く私の上から退け!このチンカスどもが!!
「「は、はい!」」







二人はさっきのことが嘘のように素早く私の腹の上から退いた。私も起き上がってお尻を上げると、やっぱり潰れたハムサンドが出てきた。
宍戸くんや向日くんも苦い顔をしてハムサンドを見ていて、なんだか自分が残念すぎて真面目に泣きたくなった。







「お、おい…。あの、よ、良かったらハムサンドと焼きそばパン、交換しねえか?」
「え、でもそれ最後の一つだったんでしょ?」
「いいって。こうなったのは俺達のせいだし、な?」
「……ありがとう」







いつの間にか後ろに隠すように持っていたハムサンドを宍戸くんに渡すと、宍戸くんは苦笑いをしながらもそれを受け取った。
なんだ、お前結構良い奴じゃないか。私は少し宍戸くんを見直した。
隣にいた向日くんは何とも言えない顔をしている。そりゃそうだ。自分が欲しかった焼きそばパンが知らない女に渡ってしまったんだから。フハハ!いい気味だ、バーカ!
向日くんは、宍戸くんから「謝れ」と頭を叩かれて、ハッとして申し訳なさそうに謝ってくれた。…本当はそんなに悪い人じゃないのかもしれない。







「じゃあ、これ……いや、悪いとは思ってるんだけどよ…」







そう言ってハムサンドの代わりにおずおずと渡されたのは、…潰れた焼きそばパンだった。
どうも私の腹の上で取り合いをしていたときに叩き合いをしすぎて潰れてしまったらしい。
これじゃあ、ハムサンドとどっこいどっこいだろーが!やっぱり宍戸くんは嫌なやつだ。妙に屈辱的だ。
まあそれでも焼きそばパンは焼きそばパンだ。味は変わらない。私は宍戸くんから焼きそばパンを受け取った。







宍戸くんたちに挨拶をして教室に帰る。皆の視線が更に痛かった、ような気がする。
折角の焼きそばパンだけれど、とても自慢できる物ではなかったので屋上へ移動して、校庭を眺めながら一人で食べた。
気分が落ちているからかもしれないけれど、焼きそばパンは大して美味しくもなければ不味くもなく、そんなに一生懸命になって求めるものでもない気がした。
お陰で明日からはダッシュしなくて済みそうだ。だが今日の屈辱は10倍にして返してやろうと思う。
教室に戻ってみると、一番端の席に宍戸くんと向日くんがいた。宍戸くんは渡したハムサンドを食べているようだったけど、苦い顔をしていた。
私が悪いわけではないけれど、なんか可哀想なことをしてしまった気がする。でもやっぱり自業自得なわけで私は悪くないので、ざまあみろという感じ。
そうだ、あとで教えてあげようか。焼きそばパンはハムサンドとどっこいどっこいだよって。そしたらきっと信じないだろうから、また明日も走るんだ。お疲れなことだ。


私は明日は走らないで行こう。歩くよりも、もっとゆっくり行こう。
だって明日、野菜サンドを買ってまた今日のように騒動に巻き込まれて焼きそばパンと交換されるのはごめんだ。







少し残っていた焼きそばパンの最後の一口を口に押し込んだ。うん、やっぱり野菜サンドの方が美味しい気がする。











20100508麦銀